佐賀県のプルサーマル計画の安全性についての取りまとめに対する見解[日本語訳](憂慮する科学者同盟(UCS)上級科学者エドウィン・S・ライマン博士)

原文タイトル]
Response to Saga Prefecture’s Determination of the Safety of Pluthermal Use

Dr. Edwin S. Lyman
Senior Staff Scientist
Union of Concerned Scientists
March 3, 2006

エドウィン・S・ライマン博士
上級科学者
憂慮する科学者同盟(UCS)
2006年3月3日

1.冷却材喪失事故(LOCA)時のMOX燃料のリローケーション(移動)

佐賀県の玄海3号機MOX燃料使用(プルサーマル)計画は、プルトニウムの含有率や燃焼度に関する商業炉でのMOX燃料の使用経験ベースを大きく外れるものである。佐賀県はこれを認めながら、たとえ使用される燃料がさらされる環境に関する商業利用に基づいたデータが存在しなくとも、実験上のデータは十分に存在しており、データ分析技術は信頼するに足るものであるから、正確な安全評価は可能だと主張している。

この主張には正当性がない。通常運転時に関しては高燃焼度のMOX燃料のふるまいについて非常に少量の実験データは存在するものの、事故時のMOX燃料のふるまいについてのデータは大幅に不足している。深刻な結果をもたらしうるいくつかの事故について、MOX燃料のふるまいの評価に使用されるコードの有効性を適切に確認するための実験データが存在しない。例えば、冷却材喪失事故(LOCA)中の「燃料リローケーション(fuel relocation)」の現象は、MOX燃料についてはよく理解されていない。「燃料リローケーション」とは、LOCAによって被覆管が膨れあがるバルーニング段階の後に生じうる燃料カラム(fuel column)が崩れ落ちる現象(スランピング=slumping)を指す。このスランピングにより、膨張領域で崩壊熱の増加が引き起こされ、被覆管最高温度(PCT)が、LOCA時に安全限度を越える可能性がある。

佐賀県が2006年2月7日に公表した取りまとめ「玄海原子力発電所3号機プルサーマル計画の安全性について」では、「燃料リローケーション」が検討されていない。この新しい知見について考慮すべきである。

フランスの原子力安全研究所IRSNは、リローケーションは、MOX燃料の方が高燃焼度のウラン燃料の場合より深刻かもしれないと主張している。なぜなら、MOX燃料の照射中に発生するリム状の(高い多孔性を持つ)部分の量が、平均燃焼度が同様のウラン燃料で発生する量より大きいと考えられるからだという。その理由は、高燃焼度のウラン燃料ではこのリム構造が燃料の外枠の縁の部分だけに発生するのに対し、MOX燃料の場合、さらにそれがMIMAS法を使った製造時に生じるプルトニウムに富んだクラスタ(かたまり)でも起こるためでる。なぜなら、プルトニウムに富んだクラスタの中では、局所的高燃焼度部が発生するからである。クラスタは、ペレットの断面全体に分布するので、MOXペレットは、局所的高燃焼度に曝され多孔性が起こる領域がウランペレットの場合よりも大きくなる。

LOCAにおいては、燃料ペレットの急速な加熱によって応力がかかり、それによりリム領域が割れて粉々になることが実証されている。これが粉状の物質を生み出す。この粉状物質は、崩壊して、被覆の膨れあがった部分に詰め込まれてしまう可能性がある。MOX燃料の場合には、ウラン燃料よりもリム状物質が多いため、リローケーション現象はより深刻になる可能性がある。

しかしながら、既存の実験のデータベースは、示唆的なものではあるが、MOX燃料とウラン燃料のリローケーション現象の相対的な深刻度を定量的に推定するのには不十分である。そのためIRSNは2003年にこの現象をテストするために、Ph?bus炉において新しい一連の実験を行なうことを提案した。しかし、米国原子力規制委員会NRCに訴えたにもかかわらず、IRSNはこれらのテストのための財政的な援助を得られず、IRSNも他の組織もこれらの実験を行うに至っていない。その結果、MOX燃料を装荷した原子炉のLOCAをシミュレーションするために使用されるコンピュータ・コードは、正確にこの潜在的リローケーション現象をモデル化することができず、したがって、LOCA時のMOX燃料の安全性を断定的に実証することはできないのである。

現在のコードでは、高燃焼度燃料やMOX燃料やM5のような新型の被覆管をもつ燃料など、既存の実験のデータベースの外にある燃料に関して、LOCAのパフォーマンスを適切にシミュレーションすることはできないことが、この数年に渡り米国アルゴンヌ国立研究所で行われた一連の実験で明らかになった。高燃焼度ウラン燃料を用いた総合LOCAテストの結果、被覆管の脆化が以前に考えられたより薄い厚みの酸化でも生じることが明らかになった。これは現在のLOCAについての規則が高燃焼度燃料には十分に対処できるものではないことを意味している。通常の燃焼度であれ、玄海3号機で予定されている高燃焼度であれ、同様な想定外のことがMOX燃料にも生じると想定しなければならない。したがって、既存のLOCAについての規則がMOX燃料のような新しい燃料についても適切であるかどうかを確認する緊急の必要性がある。

通常運転時のMOX燃料のふるまいについては、米国の試験的MOX燃料プログラムに おいて、NRCは、本格的MOX使用の前提条件として、MOX先行試験集合体(LTAs)の原型的照射によってデータを得なければならないと規定していることに留意すべきである。LTA試験の目的は、本格的プログラムの際に遭遇するであろうような照射条件を代表する条件の下における燃料の振る舞いを観察することにある。LTAは、本格的プログラムにおいて使われることになる燃料と同じ設計を使い、同じ材料とプロセスによって製造された。LTAは、現在、MOX燃料の使用が提案されている実際の原子炉の1つにおいて、本格的プログラムの際に遭遇するであろうものと同じ燃焼度まで照射されているところである。その後、 LTAは、ホットセルで破壊分析を行う予定である。これに相当することはこれまで 日本では行われていない。日本では、限定的なLTA試験が2つの 原子炉で行われた(どちらも玄海3号機ではない)が、燃料のプルトニウム含有 率も燃焼度も、玄海3号機で計画されているレベルではなかった。

したがって、佐賀県には、MOX燃料を使用した場合、LOCAの発生時に玄海3号機が適切な安全余裕を持っているとの結論を下すための健全な技術的な根拠がない。さらに、通常運転時の原型的な原子炉環境におけるMOX燃料のふるまいについて、適切なデータは存在しない。したがって、佐賀県は、MOX燃料の玄海3号機での使用に関し、高燃焼度MOX燃料を模擬的LOCA条件に置いてリローケーションその他のMOX燃料特有の現象が安全余裕に与える影響を評価する総合的なテストを行い、そのようなテストが、リローケーション現象は安全余裕を超える状況はもたらさないということを示すまで、同意を与えるべきではない。もしそうしたテストが、安全余裕を超える事態になることを示すようであれば、玄海3号機の非常用炉心冷却装置ECCSの適切な改良が行われないかぎり、MOX燃料の使用計画を進めることができないことは明らかである。

これらのテストを別個に行わずに玄海3号機でMOX燃料を使用した場合、それ自体が実験と見なされなければならない。そして、それは、玄海3号機の事故によって影響を受ける恐れのある佐賀県民および近隣の県民が、日本政府によってモルモットのように扱われていることを意味する。

MOX先行試験集合体の装荷の実施を認めるNRCの決定は、1つには、使われるのは4体だけであり、従って、リスクは限定的なものとなるだろうとの事 実に基づいてなされたものである。

2.MOX燃料を装荷した原子炉からの大量の放射能放出の可能性

佐賀県は、格納容器が壊れて大量の放射能が放出するような過酷事故の発生頻度について、玄海3号機について計算すると7千万年に1回との結果を得たと主張している。その結果、佐賀県はこの種の事故が現実的に生じると考えることができないものであるとの結論を下した。

これは、非常に重要なポイントである。なぜなら、そのような事故が発生した場合には、MOX燃料が炉心にあると、非常に深刻な結果となるからである。例えば、私の計算では、そのような事故に起因する癌による死者数は、炉心の4分の1をウラン燃料の代わりにMOX燃料に置き換えた場合、2倍になるだろうということを示している。したがって、この種の事故を非常に真剣に扱うことが重要である。

しかしながら、佐賀県はこのような事故を考慮する必要はないと結論づけている。この結論には正当性がない。第一に、確率的危険評価によって計算された絶対頻度が大きな不確実性を持っていることはよく知られており、不確実性の幅を提供せずに計算の中央値だけを提供することは適切ではない。

玄海3号機におけるMOX燃料の使用は、過酷事故が起こった場合に公衆に与えるリスクを増大させる。したがって、リスクがどのくらい増加するのかの評価がなされるべきである。米国は過酷事故のもたらす影響についての評価を、たとえそのような事故が起こる可能性が極めて少ないとしても、義務づけている。それに、NRCは、現在では、原子炉設置許可の変更が、過酷事故による公衆の危険性を増大させるかもしれない場合、その変更について評価を受けなければならないという方針をとっている。危険の増加が大きすぎる場合、変更は許可されない。

最後に、玄海3号機からの大量の放射性物質の放出が事故によっては起こりそうもないとしても、それがテロリストによる攻撃によって引き起こされる可能性がある。実際、米国の原子炉の保安部隊に対する実際の試験により、セキュリティが非常に優れていても、テロリストが原子炉を攻撃し、炉心溶融及び格納容器の破壊を引き起こすのに十分な損傷を加えることができることが明らかになった。日本の場合、テロリストは攻撃するとすれば、炉心にMOX燃料が装荷されている原子炉を選ぶだろう。というのは、攻撃による結果がより大きいからである。したがって、玄海3号機のようにMOX燃料を使用する原子炉はどれも、セキュリティを著しく強化させるべきである。佐賀県が玄海3号機に対し、そのような強化を行った様子はない。つまり、MOX燃料が装荷された後に玄海3号機においてテロリストの攻撃が深刻な影響をもたらす可能性について、現在佐賀県が行っていると見られるよりも遙かに真剣に、検討する必要があるのである。

3.フランスにおけるMOXの商業炉での使用の限界

佐賀県は、なぜフランスがMOX燃料を130万kW級の原発で使おうと試みずに、90万kW級だけを使っているのかの理由として、フランスの使用済み核燃料の再処理から生じるプルトニウムの供給を吸収するために90万kW級の原発だけで十分だからだと述べている。しかしながら、これは、フランスがほぼ50トンのプルトニウムの余剰を未使用のまま貯蔵しているという事実を無視している。実際には、フランスのプルトニウム余剰は増大し続けており、IAEAに対するフランスのプルトニウム保有報告書によると2000年末に44.2トンであったものが、2004年末には48.8トンとなっている。したがって、フランスにおけるプルトニウムの需要と供給は一致していない。さらにフランスは現在、使用済みMOX燃料の再処理は行っていない。再処理をすれば、それはさらにプルトニウム供給を増加させることになるだろう。

フランスが、130万kW級原子炉(あるいは90万kW級原子炉すべてにおいて)MOX燃料を使用することを計画していない実際の理由は、ウラン燃料に比べ、MOX燃料に課された燃焼度の制限に起因する不都合や、使用済みMOX燃料の輸送及び貯蔵に絡んだ問題などにあるようである。その結果、業界紙の最近の記事によれば、EDF(フランス電力庁)は、一部の原子炉にMOX燃料の使用を集中することにより、現在所有する原子炉のより柔軟的利用を図りたがっているとのことである。(Ann MacLachlan,「メロックスの新しい容量拡張への道、日本をターゲットに、EDF」、Nuclear Fuel、2005年2月27日)。

日本語訳:阪上武、アイリーン・美緒子・スミス

Union of Concerned Scientists
Washington Office
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Washington, DC 20006-3962


References:
A. Mailliat and J.C. M?lis, IRSN, “PHEBUS STLOC Meeting” with NRC Staff (October 23, 2003). It is on the NRC ADAMS site.
V. Guillard, C. Grandjean, S. Bourdon and P. Chatelard, “Use of CATHARE2 Reactor Calculations to Anticipate Research Needs,” SEGFSM Topical Meeting on LOCA Issues, Argonne National Laboratory, slides at 8-9 (May 25-26, 2004).
“Blue Ridge Environmental Defense League’s Proposed Findings of Fact and Conclusions of Law regarding BREDL Contention I”, August 6, 2004. US Nuclear Regulatory Commission Before the Atomic Safety and Licensing Board. Docket Nos. 50-413-OLA 50-414-OLA.
“Prefiled Written Testimony of Dr. Edwin S. Lyman Regarding Contention I”, July 1, 2004. US Nuclear Regulatory Commission Before the Atomic Safety and Licensing Board. Docket Nos. 50-413-OLA 50-414-OLA.
“Rebuttal Testimony of Dr. Edwin S. Lyman Regarding BREDL Contention I”, US Nuclear Regulatory Commission Before the Atomic Safety and Licensing Board. Docket Nos. 50-413-OLA 50-414-OLA.